| 犬猿の仲? |
私は、蛙が嫌いです。
なぜ、どうして、全能である神は、あのような不気味な生物を作りたもうたのか不思議である。
どこが嫌いと言って、あの不気味な皮膚!
神が作り出したものなら、もう少し美的感覚を持って、模様を付ければいいのに、
美しさってナンだと言わんばかりの、配列!!
それに、なぜ鳴き声を上げるのに、はちきれんばかりに膨らませる頬!
今にも破裂しそうな風船のように、頬を膨らませて、顔の造形まで変えながら鳴く意味は、
いったいどこにあるのだろうか?
鈴虫が、羽を擦り合わせるように、両手を擦り合わせて鳴き声を(音?)を出したら、
あの姿でも、十分可愛さが出て、ほお擦りしたくなると思うのだが、、、、。
しかし、何より許せないのは、子供の姿とおとなの姿のギャップである。
蛙の子供のころ、、、
つまり、おたまじゃくしであるが、頭が異常に大きい。
その姿が幼子のように、大変キュートで、
「この子の為なら、立派に育ててあげたい」と思わせる姿である。
しかし、この可愛らしさは、どんどん変貌していくのである。
やがて足が出て、やや不釣合いな姿に変わるが、それでもまだ、頭が大きく可愛らしさを十分保ち、
人間で言えば、何を喋っているかよくわからない3歳児程度の、愛らしさを持っている。
しかし、手が出始めると、ややおもむきが変わる。
まるで可愛らしさをいっきに捨てた反抗期の子供のように、夜中に金属バットを振る事が聞こえ、
そんなに一生懸命素振りしてるのは、野球のためだよね?
他の事には、使わないよね??
と妙な不安を抱かせるようなことを連想させる姿である。
だが、ここから地獄は始まる!!
手が出てきて、段々尻尾が短くなるにつれ、
まるで、コンビニの前に座り喫煙している中学生のように、
『おとなのまね』プラス『おとななんかにならないぜ!』と言わんばかりの、
中途半端の姿である。
そして、蛙になるのであるが、
おたまじゃくしの姿からは、誰も想像できないような、
ギャップというのは、この為にあるんだと言わんばかりの、
まるで、結婚前と結婚後ぐらい違うと言って良いほどの、変貌をとげる。
(強く言っておきますけど、我が家は、この法則は当てはまりません!
たぶん、、、、、
ふぇーどあうと,,,,)
いったい何の為にこれほどの変貌をするのか、
それも、どんどん可愛らしさを捨ててゆく意味は、どこにあるのか、私には、限りなく不思議であるが、
これが、成長と言うものなのだろうか???
こう考えれば、少しはあの姿も可愛く、、、、、、
絶対に!!思えません!!!!!!